日毎の糧「いたわり帳byるつ~♪」

人知を越え言葉を越えて、日々の励みと自戒を込めつつ・・・☆

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信仰とは・・・

2007.09.30

主によって語られたことは
必ず実現すると信じきった人は、
何と幸いなことでしょう。
(ルカによる福音書 1・45)


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     (by すずらんさん)


信仰とは、先ず何よりも心の中に生きているものでしょう。

ですから人に知られないように秘め隠すことは、
信仰に相応しい事なのですが、だからと言って隠す事に拘るならば、
そのような信仰は、実は人を意識しすぎている、従って、心の中には
生きていない、人前だけの信仰になっていると言わねばなりません。

本当に心の中に生きている時は、信仰は人から自分を隠すのではなくて、
人を意識しないで公然としているでしょう。信仰にとって公然としている事が、
それを秘めていると言う事なのです。
              (神の風景   藤木正三師)

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切々とした現代にあって・・・☆

2007.09.29

バビロンの川のほとり、
そこで、私たちはすわり、
シオンを思い出して泣いた。
       (詩編 137・1)


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        (by すずらんさん)

詩編は、哀歌と類型の歌が幾種類かあると伺っていますが、
幼子が御父の懐(ふところ)に抱かれながら、本音で訴えている
切々とした内容は、盲目的心酔と違い心に響きます。

この世で生活しているという時点で、ほとんどの人は必然的に様々な
選択肢を迫られ、ふと気付くと迷ったり悩んだりするのではないかな?と、
思います。

それに気づいた時、目に見えない何か・・・!?
真なるものの探求が始まるのではないかと思うのです。が・・・。

かつての私も経験して分かるのですが、悪戯に過ぎ行く時の流れを、
無情感を漂わせながら、遠くからぼんやり眺めているような、
成るようにしかならないんだ、努力しても何も良い事ないのでは?と、
排他的な誘惑が忍び込み、どうにでもなれ式のケセラセラモードと言うか、
そんな時も、今に至るまでのプロセスの一端にありました。

今の世の中、全体ムードが善悪の基盤が崩壊しているような時代に
あって、混沌とした世情にあっては何に基盤を置けばよいのか、
自分を顧みることさえ出来ないような、ある意味、とても難しい
時代だと思われてなりません。

親族&身内&身近な人に福音伝道した経験のある人は、
それがどんなに難しいことか、混濁した時代だけに尚のこと、
大変さを覚えます。

そんな時、詩篇の御言葉が切に迫って来ます。

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霊の糧のメニュー☆

2007.09.28

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
たじろぐな。わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助け、
わたしの義の右の手で、あなたを守る。
(イザヤ書)


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   (by すずらんさん)


ナイフとフォークを使用するのが苦手な私は、どちらかというと和食好みですが、
以前になりますが、ご近所の愛犬家の奥様と親しくさせて頂いて、
フランス料理を食べに行ったことがありました。

オードブル、魚料理、肉料理、スープ、パン、サラダ、デザートの盛り合わせ、
コーヒーor紅茶と、メニューを組み立てたフルコース料理が、次々と出てきます。
一人黙々と食べるのでなく楽しく会話しながらのお食事タイムは、
実に美味しいものですっ。

フランス料理に限りませんが、一度に全ての料理がテーブルに出されたら、
一体何から食べて良いのやら迷いますし、見ただけで満腹感を味わってしまい、
料理の美味しさもわかんなくなると思います。

メニューを組み立て、丁度食べ終わった頃合いに、次々と出て来る意味を
考えたとき、信仰に関しても、一度にあれもこれもと満載でなく、
何を今するべきか、何からするべきか、次は何かと、信仰のメニューを組み立て、
会話しつつ(イエス様や信仰の友と)ゆっくり楽しみながら、
信仰生活を築いて行くのが、霊の糧を食して行くコツかな?と、
久しぶりに奥様から℡を頂いて、ふとその時の事が思い出され、
同じような原理を考えてみました。

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神、主よ。

2007.09.27

神、主よ。
私がいったい何者であり、
私の家が何であるからというので、
あなたはここまで私を導いて下さったのですか。
(Ⅰ歴代誌  17・16)


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パウロさんが教会宛てに書かれた手紙の中に、生きているのは、
もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。
とありますが、静まって祈っているとアーメンです。と、つくづく感じます。

次から次へと毎日多発する事件&犯罪、聖職者と言われる教師や医師を始め、
今までには考えられなかった職業の人たちでさえ、恥ずかしい様な罪を犯し、
又殺人事件が後を絶たないこの世を思いますと、人の世の末期状態、
闇が力を振るっている形相を痛感します。

なぜ眠っているのか。誘惑に陥らぬよう起きて祈っていなさい。と、
イエス様は弟子達におっしゃいました。この箇所を読みますと、即、
のほほんとしている私に語られているように感じ、胸襟を正されます。

自分の罪がどんなに深いか忘れたことはありませんが、
その罪をお赦し下さったイエス様の恵みがどんなに大きいか・・・。

責められることのない良心を保ち続ける事は、言うは安しで難しい事
ですが、せめてイエス様への感謝の祈りを、日々忘れないでいたいです。

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絶えざる葛藤・・・☆

2007.09.26

わたしが与える水を飲む者はだれでも、
決して渇くことがありません。
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、
永遠のいのちへの水がわき出ます。
(ヨハネの福音書 4 ・ 13)



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         (by すずらんさん)


霊意識がイエス様を仰いでいる自分と、肉に属した自分は、
絶えず葛藤の渦中に存在します。外側は普通に?見えていても、
内側は不法に近いもので満載、偽善者かの如く感じてしまうのは、
クリスチャンだからではないかな?

イエス様と出会う以前から、自己にある内面の汚さと戦ってはいましたが、
基盤&指針となるものがなかった頃のかつての私のように、
闇を照らすイエス様の明かりを知らない人にとっては、
あくまでも自己が神になっていますから、赤信号をみんなで渡る
気持ち?

クリスチャンになったら、罪の力が自動的にストップ出来て、
葛藤を覚える回数が減ったら良いのになんて思いますが、
心の中には、御霊様を悲しませる思いが依然として去来します。

謙遜と傲慢を持ち合わせている自身の葛藤が続く日々にあって、
主の時が来るまで静かに祈り続けられますように・・・☆

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 いたわり帳へお越し頂いて
 有難うございます~ ♥

 プロテスタントの教会に集う
 管理人のるつ~♪です。

 詳しいプロフィールは、
 当 HP に記させて頂いています。
  
 御言葉のエッセンスを浴びつつ、
 自身への自戒&励みを込めて、
 日々感じた事、示された事等、
 綴っていけたらと願っています。
 どうぞ宜しくお願い致します。

 御言葉は、日本聖書刊行会発行
 の新改訳聖書を引用させて頂いて
 います。


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