日毎の糧「いたわり帳byるつ~♪」

人知を越え言葉を越えて、日々の励みと自戒を込めつつ・・・☆

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躓づきの石

2009.05.31
† 人から出るもの、これが、人を汚すのです。
内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、
悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、
よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、
愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、
人を汚すのです。(マルコの福音書 7・20~23)



  img20090601_p.gif(イラスト by すずらんさん)


礼拝後、ある姉妹と色々お話していたのですが、
この人ならば・・・と、信頼してお話した相手だったのに、
いつの間にか、その内容が一人歩きしてしまうことを経験されて、
姉妹曰く、クリスチャンに対して、人間疎外とまで行かなくても、
もう二度と教会の人達は信じまい・・・(信じられないと・・・。)

私たちはみな、羊のようにさまよい、
おのおの、自分かってな道に向かって行った。

と御言葉にありますが、神様の恵みと哀れみの中で、
クリスチャンとして生かされていても、羊のようにさ迷う、
ほんに罪赦された罪人に過ぎない弱い私達。

姉妹に限らず、私も思い当たる節がありますが、
イエスマンの信徒&よいしょ~する人達に囲まれていると、
いつしか次第に、神様から担われた立場のある方であっても、
嘘をつかれたり・・・ETC。

ギャップの大きさを感じてしまうのは、神様の愛や諸々・・・、
メッセージを色々して下さる、その現実との差。
唯一のお方以外、弱さは避けられない課題だと思わされます。

時々記述させて頂いている藤木師の著書に、「宗教とは本来、
人と人とを結びつけるものだけど、人間関係に壁をつくってしまったり、
人を傷つけてしまう様な(人に対する疎外)は、あり得ると・・・。

その人が本来持っている真価や、誠実さというものが後回しにされ、
奉仕活動や、信仰の熱心さ?等で、評価してしまったり、
クリスチャンに限らず、全般的に何かしら宗教に属している人が、
陥りやすい問題だと、記されています。

罪赦された罪人なる人間のメッカなので、躓きの石が転がっていると
言うのも、適切な表現ではないかも知れませんが、教会に限らず、
家庭においても、人間関係全般、神様が敢えて躓きの石を
置かれる場合もあると伺っています。

私自身体験していますが、躓いた石が成長の糧となって、
学びや気づきを得る事も多くありますし、お国や文化の違い、
育ってきた環境等など様々ですから、傷つけようとしての言動
でなくても、不本意ながら、結果、傷つけていたと言う事もありますし、
人間の持つ内面の弱さが見え隠れ・・・。

自己探求の場として、それぞれが深く省察しつつ、歩むべき道を
示して下さるための学びとして、 プラス思考で前に進んでいけたら、
全ては益に変えられると言う事を、私自身、最近(も)体験させて
頂きました。

姉妹との語らい後、新たに考え直す時間が与えられ、
神様が下さる時間も事柄も、何一つ無駄なものはないと、
あらためて痛感した日でした。
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|Category:インマヌエル|

近視眼的な信仰でなく・・・☆

2009.05.30
† 天の下では、
何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、
植えた物を引き抜くのに時がある。
(伝道者の書 3・1~2)



380407_1243544045.jpg(イラスト by すずらんさん)


回りの状況を見ると、障害や敵が多く見えすぎて、神様の約束の成就が
見えずらくなってしまう。それは近視眼的ものの見方であると、またプライド、
面子に拘り過ぎて、大切な人間関係を破壊してしまう罪深さを、心して
信仰生活を整えていかなければならないと、尊敬する師がメッセージで
語られたことがありました。

祈りの課題に、私の心と思いが、イエス様の働きかけの邪魔となる事が
ありませんようにと、私が今も尚、尊敬してやまぬ先輩姉妹がそうであった様に、
信仰を全うして天に召されたら最高だと、天の御国に思いを馳せるこの頃です。

|Category:感謝|

砕かれなければ・・・☆

2009.05.29
† あなたが私の内臓を造り、
母の胎のうちで私を組み立てられたからです。
私は感謝します。あなたは私に、
奇しいことをなさって恐ろしいほどです。
私のたましいは、それをよく知っています。
私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、
私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。
あなたの目は胎児の私を見られ、
あなたの書物にすべてが、書きしるされました。
私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。
(詩篇 139・13)


    380407_1243465526.gif
       (イラスト by すずらんさん)


デボーション用の「エマオの道で」を読みつつ、
再認識させられた箇所を、抜粋させて頂きます。

神様は、私達の思い描いている方法で叶えて下さるのだろうか~?
若しそうでなければ、期待はずれと考えるのか~?
それとも自分の願いや、方法が間違っていると考えるのか。

イエス様を拒んだ人達は、自分の内面を変えるのでなく、
環境を変えて欲しかったのです。多くの人達は、他人の状況を変えて
欲しいと考えたり願ったりする。しかし神様が、他人の状況を変える事が
出来る唯一の方法は、先ず私達を変えることであると。

イエス様を拒んだ人達が期待したのは、自己犠牲の愛より奇蹟、
謙遜さでなく、目に見えるパフォーマンス&ショーを求めた。

生活&人生の営みの中で、私達がしたいと思うことに対して、
神様は、時折制限を加えられる事がある。それは私達が罪と言う
汚濁(おだく)の流れに投げ込まれないようにと、私達を守るための
神様からの保護手段であると。

ピンチ&追い詰められた時こそ、神様が御業を成して下さる
絶好の場所にいるのだと。イエス様なしの生活は、満たされないと言うか、
満たされるべき所が虚しいままであり、負う必要のない重荷を背負い、
欲求不満がつのり、不毛で、常に満たされることがないと・・・。

    ☆━━━━━━━━━━━━━━━☆

既に勝利下さっている主の御名を通して、神様と共にある者とされた恵みは、
クリスチャン人口が極めて少数の日本にあって、これぞ奇蹟ではないかと
思います。

クリスチャンになったから 即、状況が180度変わったかと言うと、
変わらない部分もありますが、例えば色んな事が押し寄せてきたとして、
その内容によっては、一瞬憂鬱になったりする場合もあるけれど、
イエス様助けて下さい。と、祈り続けていると、何日も嫌な思いを
引きづることなく、何もないかのように平安で満たされます。

神様を知らなかった時の事を思えば、同じ様に山あり谷ありの生活ながらも、
心の落ち着きは確かに変えられています。更に、私の内面をつくり変えていて
下さる途上ではないか~?と、痛感するこの頃。感謝しつつ・・・☆

    ☆━━━━━━━━━━━━━━━☆

PS~Hさん、ありがとう~~118-face.gif

いつもいつも、実にタイムリーに励まされます。

神様は全てをお見通しだと、あらためて思わされます。

後日、心身がゆっくりした時返信しま~す。503D.gif

|Category:感謝|

主よ。私を思い出してください。

2009.05.28
†父よ。
彼らをお赦しください。
彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。
(ルカによる福音書 23・34)


色々重なるときは、どうして重なるのかと、折に触れ思っているけれど、
心身も不具合が重なるものですねぇ・・・(私だけ~?)

あくまでも私の体感ですが、調子が良い時と、そうでない時の落差、
この状態が霊的に影響されるのは、私の信仰の足りなさではないかと、
若しそうであるならば、いつまでもそこに留まっていないで、
悔い改めなければ・・・と、示され続けています。

あらためて自分の内面を見つめつつ、尊敬する師のメッセージを、
(イエス様が十字架上にかかられる時のメッセージ)思い返して
いました。

聖書に、イエス様は、二人の強盗と共に十字架につけられた事柄が
記述されていますが、神様は、二本の十字架を気まぐれに置かれた
のでなく、強盗(罪人)を近くにおかれた事は、神様の御心だと・・・。

一人の強盗は、
「イエスさま。
あなたの御国の位にお着きになるときには、
私を思い出してください。」
と、お願いしました。
(この箇所を拝読する度に、いつも心がじい~んとして来ます。)

イエス様は、「まことに、あなたに告げます。
あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
と、
お約束して下さいました。(ルカによる福音書 23・43)


  380407_1242198856.jpg(イラスト by すずらんさん)


もう一つの十字架は、(一方の強盗は、群集と一緒になって、
イエス様を侮ったり、侮辱するのに加担し、イエス様を呪いました。
自分の犯罪を棚にあげて、呪う事で鬱憤を晴らそうとした、
哀れな魂を象徴しているのだと・・・。

常に心に刻むべき戒めは、物理的にどんなにイエス様が近くに
いて下さっても、イエス様に悪口を言い続けた一人の強盗のように、
主を見失っている場合があると言う事。

イエス様と数メートルしか離れていない距離で、誰よりも、
十字架のイエス様の近くにいて、罪の赦しに触れ、
イエス様の口から漏れた言葉を聴いたはずなのに、
イエス様を呪う言葉ばかり・・・。

イエス様の弟子であったユダもですが、イエス様の十字架は、
人間の抱えている矛盾(無知も含め)の象徴であると・・・。

どんなに近くにいてさえも、イエス様を見失う事もあり得ると言う事、
心しなければならない事ですが、例え熱心なクリスチャン、
真面目な教会員でいたとしても、主を見失うことがあると・・・。

イエス様を十字架にかけようとしたのは、大祭司だと言う事、

こうしたことをかんがみても、人類史上最悪の悲劇は、イエス様に
近いはずの多くの人達が、イエス様を見失っていると言う事を、
真摯に心しなければならないと、牧師のメッセージテープに、
再度心を傾けつつ、主の十字架の深い意義を、再認識し直しています。

|Category:十字架|

真摯に真剣に・・・☆

2009.05.27
†そして女に、
「あなたの罪は赦されています。」と言われた。

すると、いっしょに食卓にいた人たちは、心の中でこう言い始めた。
「罪を赦したりするこの人は、いったいだれだろう。」

しかし、イエスは女に言われた。
「あなたの信仰が、あなたを救ったのです。
安心して行きなさい。」( ルカによる福音書 7・40)



380407_1243385551.jpg(イラスト by すずらんさん)


例えば、どんなに落ち込む様なことが起こっても、嫌な思いが続いても、
イエス様がこんな者と共にいて下さる事を思って、心から感謝出来る
霊的状況と、一方 不安定な霊的状況に陥ったりと、落ち着きを欠く私。

私を筆頭に偽善者ばかり・・・と、神様に問うてみたり?
いやいや信仰でクリアーされているんだと、何とも不確かな信仰が、
今頃?今更?何故起こるのかしら?

信仰生活は、生理的な事柄も影響されるのだろうか?

不思議なことですが、(神様の憐れみだと・・・)こんな私なのに、
帰結先はいつの時も主!!そんな私を客観視すると、
偽善者とうつるだろう・・・。

不安や失望、悔しさ、怒り、失敗、誤解を感じるような、
聖書で言う荒野を繰り返す、未熟さばかりを体感。

荒野は、神様の御声を聴いて恵みを得る、神様と出会う場所でもある。

こうした時こそチャンス。未熟で弱い私を助け、縛っているものから
自由にしてください。と、真剣に、心からイエス様に祈り求め続けて
いかなければ・・・。山あり谷ありの信仰生活は続きます。

|Category:感謝|
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  Author:るつ~♪

 いたわり帳へお越し頂いて
 有難うございます~ ♥

 プロテスタントの教会に集う
 管理人のるつ~♪です。

 詳しいプロフィールは、
 当 HP に記させて頂いています。
  
 御言葉のエッセンスを浴びつつ、
 自身への自戒&励みを込めて、
 日々感じた事、示された事等、
 綴っていけたらと願っています。
 どうぞ宜しくお願い致します。

 御言葉は、日本聖書刊行会発行
 の新改訳聖書を引用させて頂いて
 います。


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