日毎の糧「いたわり帳byるつ~♪」

人知を越え言葉を越えて、日々の励みと自戒を込めつつ・・・☆

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渇くことのない生ける水

2008.08.15
† イエスは答えて言われた。
「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。
しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、
決して渇くことがありません。
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、
永遠のいのちへの水がわき出ます。」

女はイエスに言った。
「先生。私が渇くことがなく、
もうここまでくみに来なくてもよいように、
その水を私に下さい。」
(ヨハネの福音書 4・13~16)



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人の心は たえず移り変わりやすく、愛に傷ついて疲れを覚え、
いつしか人に対しても(のみならず)自分に対しても心を閉ざして
しまいがち・・・。相対的な人間の愛は常に変わりやすく、
儚いものだと痛感します。

聖書のサマリアの女を思い出すときがあります。

イエス様がガリラヤへ向かわれる途中、サマリアという町を通られました。
サマリア人とユダヤ人は敵対していたため、ユダヤの人々はサマリアには
近づかなかったのですが、イエス様は敢えてサマリアを通られました。

水を汲みに来たサマリアの女は、井戸端でイエス様と出会います。

この女は過去に五人の夫がいて、今また別な人と連れ添っていました。
自堕落な女として、町の人たちから蔑視されていた事情もあって、
人目を避けて人目の少ない時間に、水を汲みに来ていたのです。

イエス様は、「水を飲ませて下さい。」と、女に声を掛けられました。

敵対していたユダヤ人が、サマリア人に物事を頼むなど、
当時の常識からするとありえない事だったので、
サマリアの女は驚いて、(此の方がイエス様だと知る由もなく)
「ユダヤ人のあなたがサマリア人の私に、どうして頼むのですか?」
と・・・。

彼女が5人もの夫と離婚、再婚を繰り返し、
自堕落な女として、町の人達から相手にされず、
心がすさみ真の愛に飢えていたのだと思います。

そんな彼女の悲しみが、イエス様との会話に現われている
気がしますが、イエス様は、彼女の内面の深いところに存在する
悲しみを理解し慈しまれて、

「わたしが与える水を飲む者は決して渇くことがなく、
その人のうちで泉となり、永遠のいのちとなっていく。
その水を欲しくはないか?」と、彼女に問い掛けられます。

「先生。(イエス様)私が渇くことがなく、もうここまで汲みに来なくても
よいように、その水を私にください。」 と懇願した彼女の気持ちは、
人々から愛されない絶望の中で、痛いほど伝わってくるようです。

大切な事は、恵みを一人占めしていないで、多くの人と共に
分かち合う事(証し)だと思いますが、サマリアの女も、
今迄付き合ってもらえなかった町の人々に、恥も外聞も捨てて、

「見に来て下さい。わたしの言ったことを全て言い当てた人がいます。
もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」と、イエス様を証言しに
行きます。

移り変わる人の気持ちに翻弄されなくてもいいように、
イエス様から新しくされた人は、主を伝えたくなるのは、
皆さん同じですねっ。

|Category:インマヌエル|
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 当 HP に記させて頂いています。
  
 御言葉のエッセンスを浴びつつ、
 自身への自戒&励みを込めて、
 日々感じた事、示された事等、
 綴っていけたらと願っています。
 どうぞ宜しくお願い致します。

 御言葉は、日本聖書刊行会発行
 の新改訳聖書を引用させて頂いて
 います。


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